1日目(12月7日)Part 1
「地獄変」を解き終えた夜。次に取りかかる作品は決めていた。
将棋図巧8番である。超難解作で知られ、多くのサイトや動画でも取り上げられている。
10年近く前から無双・図巧を解き続け、200問中の199問目を解いたのが1年ほど前。図巧8番は最後に残った1問だ。
「無双・図巧を全部解いたらプロになれる」と言われる。それはウソだ。時間はかかれども、多分自分はこの図巧8番を解けるだろう。でも自分はプロレベルの棋力など及びもつかない。かつて無双・図巧を全部解いた人が何千人といたに違いないが、その中で一番将棋が弱いのは自分になるだろう。詰将棋を解く能力とと指将棋の実力の相関関係は、ある段階から消滅する。この1年そんなことをダラダラと考えながら、図巧8番に取り組む気が起きずにいた。
自分の解図方法は基本的に、筋が見えなくなったらしらみつぶし。コンピューター的に言うと全幅探索だ。詰将棋は、延々としらみつぶしを続ければいつかは解けるパズルだと自分は信じている。他の問題に要した時間から推定して、図巧8番といえどもやり始めれば2~3週間もあれば解けるだろう。
経験上この方法は棋力向上に役立たない。理論的に考えても、フィードバックや学習のサイクルが欠落しており、認知科学的に上達しない方法だと思う。
そんなことに昔から薄々気付きつつも、達成感や自己効用感を味わうためだけに解図を続けてきた。7~8年前は一番解図に熱を入れていた時期だが、その頃に比べると、図巧8番に挑むエネルギーが再燃することはないかもしれないと思っていた。
気が変わったのはたった10日前。5年以上放置していた「地獄変」をやり始めた。それがなぜなのか自分でもわからない。単純にソフトを使った指将棋の研究に飽きたのか。心の奥底にくずぶっていたペンディング案件を清算したくなったのか。いずれにせよ、今解かなければ一生解けない気がして、2度目の煙詰を解きはじめ、解き終えた。
図巧8番も、今解かなければ一生解けない気がする。2~3週間あれば解けるだろうと偉そうに書いたが、そんな保証はどこにもない。本当は自信がないのだ。同時に、2~3週間なんかじゃ到底解けない作品であって欲しいという、天の邪鬼な思いも同居している。